「雲にそびゆる髙ちほの髙ねおろしに艸も木も　なびきふしけん大御世を仰ぐけふこそ楽しけれ」

二月十一日は「建国記念の日」は戦前の「紀元節」の日付とおなじである。各地で奉祝式典が行われ、この「紀元節の歌」まで歌われていた。

戦前の教育を受けた人たちの心に刻み込まれた歌であるが、この作詞は高崎正風、作曲は伊沢修二といずれも明治の大物である。

高崎は薩摩藩士の家に生まれ、岩倉使節団の一員に入り、宮中の侍従番長、御歌所初代所長に任命されている。

伊沢は信州高遠藩出身。伊澤は近代日本の音楽教育の大立者であり、文部省音楽取調掛長として唱歌集をつくった人物である。

祝日大祭日の唱歌「紀元節」のほかに「皇御国」「来たれや来たれ（皇国の守）」などを作曲している。

明治九年(1876)学校教育の研究のためアメリカ・ボストンのブリッジ・ウォーター師範学校に留学していた二十五歳の伊沢は、仲間のひとりからアメリカ人教授を紹介される。

この人物こそルーサー・ホワイティング・メーソンであった。当時メーソンは六十二歳。アメリカ各地の学校の音楽の教師を勤め、音楽教育の革新に努めた初等音楽教育の第一人者であり、熱心なクリスチャンであった。

伊沢との邂逅がきっかけとなり、アメリカでの地位をなげうったメーソンは明治政府に招かれ、明治十三年(1880)から三年間日本に滞在した。

伊沢に協力して文部省音楽取調掛として西洋音楽を指導し、日本で初めての西洋式楽譜付きの「小学唱歌集」全三編を世に出した。

「特ニ音楽取調科掛ヲ設ケ、充ルニ本邦ノ学士音楽家等ヲ以テシ且ツ遠ク米国有名ノ音楽教師ヲ聘シ、百方討究論悉シ本邦固有ノ音律ニ基ヅキ彼長ヲ取リ我短ヲ補ヒ以テ我学校ニ適用スベキ者ヲ撰定セシム」

伊沢の諸言通りに初編の多くの唱歌はメーソンがアメリカの「National Music Charts 」から紹介した讃美歌や唱歌に日本の歌詞をつけられたものだった。

日本の近代的な音楽教育の先駆けとなった唱歌集は欧米の曲に、花鳥風月を歌う和歌や儒教主義的な作詞をのせるという苦心の折衷音楽であった。

しかしこの和洋のバランスはやがて崩れていく。アメリカ文化の洗礼を最初に受け、メーソンに協力を仰いだ伊沢自身もやがて雅楽調の民族主義的思想の色濃い「紀元節の歌」をつくることになる。

鹿鳴館に象徴されるような明治期の欧化政策と、それに激しく反発する国粋主義の台頭。

この相克の図式はその後も長く日本の各層、各分野を揺さぶり続け、今に至っている。